フォトクロミック分子のアゾベンゼンの性質〜吸収・発光特性について〜

化学

アゾベンゼン (azobenzene)

アゾベンゼンは2個のフェニル基がアゾ基(-N=N-)に繋がった構造をもち、紫外光および可視光(熱でも可)の照射によって可逆的なtrans-cisの光異性化を起こすフォトクロミック分子の一つである。

二つの異性体で吸収波長、分子長が異なる事から様々な応用研究が行われている。

本稿では、アゾベンゼンの基本的な光化学的特性について説明する。

アゾベンゼンの吸収メカニズム

trans体のアゾベンゼンは、紫外・可視領域に2つの吸収帯を持っている。

それは強いUV吸収帯(λ= 320 nm付近, ε = 22000程度)と弱い可視領域の吸収帯(λ= 450 nm付近, ε = 400程度)であり、それぞれS0→S2(π→π*)とS0→S1(n→π*)遷移に相当している1-3。trans体の場合、π→π*は許容の遷移であるが、n→π*遷移は禁制のため、大きな吸光係数の違いが生じている。
一方、cis体のアゾベンゼンはπ→π*遷移(λ = 270 nm, ε = 5000とn→π*遷移(λ=450 nm, ε=1500)の二つの吸収帯を持つ1,4,5。cis体では、n→π*遷移の禁制がとけ、trans体よりも可視光部分の吸収が強くなるため二つの異性体で色が異なる。

http://kuchem.kyoto-u.ac.jp/ubung/yyosuke/uebung3/phaseeq/uebung3_phaseeq4.htm
*実際のスペクトルが見たい方は、このurlの図6-9が分かりやすいです。

いずれの異性体も二つの吸収帯(UV領域と可視領域)を有するため、片方の異性体の吸収波長の光を長時間照射しても100%全て異性化することは無い。
具体的には、trans体のアゾベンゼンにUV光(310 nm)を長時間照射し続けても20%ほどのtrans体が残ってしまう。また、cis体に440 nmの光を照射し続けても10%ほどcis体が残ってしまう事がわかっている6
このように光反応において見かけ上、変わらなくなる状態を光定常状態という。

cis→trans異性化反応

特に大きな置換基効果が無い限り、trans体の方がcis 体よりも安定である。
そのため、cis体は光を照射しなくても放置しておくと熱力学的に安定なtrans体に戻る。
しかし、その活性化エネルギーは高く、溶液中で室温で置いた時でも、その半減期は2日程度であると言われている。(活性化エネルギー: 溶液中で95 kJ/mol程度)

固体状態では、活性化エネルギー(230 kJ/mol)がもっと高くなる。これは、凝集系ではN=N二重結合の自由回転が抑制されるためであると考えられる。

また、cis→transの異性化反応は、酸や銅塩が触媒的に作用する事が明らかになっている。
以下に、その先行研究を示す7

酸・金属イオンによる熱異性化反応の加速(光は照射していない)

上の表は、cis体からtrans体に戻る際に酸や銅塩を加えた際の反応速度をまとめたものである。
表からわかるように、酸の添加(HCl, HClO4)や銅塩(Cu(ClO4)2, CuCl2)の添加によって異性化速度が向上している事がわかり、その効果は添加量が多いほど顕著になる。
また、銅塩( CuCl2)と酸を少し混ぜた際、反応速度が大きくなる。

酸や銅塩の添加がcis→trans異性化反応を触媒する理由としては、アゾ基(-N=N-)の二重結合性が低下する事が原因であると考えられている。いずれもアゾ基の窒素に相互作用(酸はオレフィンの付加のイメージ、銅は配位結合)し、N=N二重結合性を減少する事でcis→trans異性化反応を促進させている。

同様の現象は、金ナノ粒子上のアゾベンゼンでも見られている8

TEG鎖末端のヒドロキシ基によるcisアゾベンゼンの熱異性化反応の加速

TEG(Triethylene Glycol)鎖をスペーサーとして、末端にアゾベンゼンとメトキシ基を結合させた金ナノ粒子(図中左)と末端にアゾベンゼンとメトキシ基を結合させた金ナノ粒子(図中右)を合成した。それぞれのアゾベンゼンのcis→trans異性化反応の速度定数を評価し、比べた結果、ヒドロキシ基を有する金ナノ粒子の方がメトキシ基を有する金ナノ粒子の方が6000倍程度早い異性化速度を示した。

光異性化反応の量子収率

光異性化反応の起こりやすさは、アゾベンゼンのフェニル基に結合する置換基の種類、置換基の嵩高さ、照射波長、溶媒の種類・粘性、温度、気圧などによって大きく変わる事が知られている。
これに関しては、以下の記事で解説しています。

実は複雑!!アゾベンゼンの異性化メカニズム
アゾベンゼンの光異性化反応のメカニズムは複雑で、主に4つのメカニズムが考えられている。溶媒の種類といった外部の環境によって、異性化経路が異なるため異性化反応は外部環境に大きな影響を受ける。しかしながら、フェニル基上の置換基を工夫することでその異性化経路を制御できることもわかりつつある。本記事では、アゾベンゼンの異性化メカニズムについて説明する。

アゾベンゼンの発光特性

trans-アゾベンゼンは光照射後、励起状態になり、その励起エネルギーを構造変化として利用する事で特徴的なフォトクロミック現象を示している。そのため、これまでアゾベンゼンを発光材料として用いた研究は少ない。

発光特性を有するアゾ化合物

それもそのはずでアゾベンゼンの発光量子収率はtrans体で10-7%程度とほぼ0%と超低い事が知られている。
そこで近年、発光性のアゾベンゼンの開発が行われており、その例を2つ紹介する。いずれの例も原因となる光異性化反応を抑制する試みを行う事で発光特性の発現を達成している。

 

 1つ目は、結晶化誘起発光(CIE: Crystallization-Induced Emission)を利用した化合物1である9。化合物1は、結晶化する事で分子間で多点の分子間相互作用を形成する(具体的には、ヒドロキシ基とエステル間の水素結合、ピレン環同士のπ-πスタッキング、アゾベンゼンのフェニル基とピレン環とのCH-π相互作用)。
結晶状態で多点の分子間相互作用を形成する事で、アゾ基の回転が阻害され、光異性化反応が抑制される。その結果、励起エネルギーが発光として使われるようになる。

 2つ目は、配位結合を利用した化合物2,3である10。いずれも、アゾ基をホウ素との配位結合によって固定し、アゾ基の運動性を奪う事で溶液中での発光を達成している。化合物3に関しては、溶液中で蛍光量子収率76%と非常に高い効率を示している。

アゾベンゼンは、原因となる光異性化を抑制するような分子デザインをする事で、励起エネルギーを構造変化でなく、光として取り出す事ができる。

まとめ

今回は、アゾベンゼンの吸収・発光特性、熱異性化反応について述べた。
アゾベンゼンの特徴的な構造変化と、それに伴う光電子物性の変化は光スイッチ、光メモリーデバイス、調光材料、アクチュエーター材料といった様々の応用が期待されている魅力的な化合物郡である。
今後、それらの応用研究についても取り上げていきたいと思っています。

 

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参考文献

  1. H. Knoll, in CRC Handbook of Organic Photochemistry andPhotobiology, ed. W. Horspool and F. Lenci, CRC Press, BocaRaton, FL, 2nd edn, 2004, pp. 89/81–89/16
  2. T. Cusati, G. Granucci, M. Persico and G. Spighi, J. Chem. Phys.,2008, 128, 194312/194311–194312/194319
  3. C. L. Forber, E. C. Kelusky, N. J. Bunce and M. C. Zerner, J. Am. Chem. Soc., 1985, 107, 5884–5890.
  4. P. Hamm, S. M. Ohline and W. Zinth, J. Chem. Phys., 1997, 106, 519–529.
  5. I. K. Lednev, T. Q. Ye, P. Matousek, M. Towrie, P. Foggi,F. V. R. Neuwahl, S. Umapathy, R. E. Hester and J. N. Moore, Chem. Phys. Lett., 1998, 290, 68–74.
  6. E. Fischer, J. Am. Chem. Soc., 1960, 82, 3249–3252.
  7. S. Ciccone and J. Halpern, Can. J. Chem., 1959, 37, 1903–1910.
  8. Z. Chu, Y. Han, T. Bian, S. De, P. Kral, R. Klajn, J. Am. Chem. Soc., 2019, 141, 1949-1960.
  9. M. Yamauchi, K. Yokoyama., N. Aratani, H. Yamada, S. Masuo, Angew. Chem. Int. Ed., 2019, 58, 14173-14178.
  10. J. Yoshino, N. Kano, T. Kawashima, Chem. Commun., 2007, 559-561.

 

 

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