実は複雑!!アゾベンゼンの異性化メカニズム

化学

はじめに

今回は、実は複雑なアゾベンゼンの異性化メカニズムについて解説していきます。
アゾベンゼンは、二つのアゾ基にフェニル基を有するフォトクロミック分子です。光照射による可逆的な構造変化によって、吸収特性や分子長が大きく変わる事から様々な応用研究が行われている化合物郡です。

しかしながら、フォトクロミック分子として、とても有名なアゾベンゼンですが、その異性化メカニズムは実はとても複雑で未だよくわかっていません。しかしながら、フェニル基に導入する置換基を工夫する事で異性化経路を制御する事ができます。今回は、それについて解説していきます。

前に、アゾベンゼンの吸収や発光特性についてまとめた記事もあるので、良ければ見てください。

フォトクロミック分子のアゾベンゼンの性質〜吸収・発光特性について〜
アゾベンゼンは光によって可逆的なtrans-cisの光異性化を起こすフォトクロミック分子である。本記事では、アゾベンゼンの吸収や発光特性について詳しく解説する。また、cis→transへの熱異性化は酸や金属イオンによって加速され、そのメカニズムについても解説している。

スチルベンの異性化

スチルベンの光異性化

アゾベンゼンと類似の化合物としてスチルベンが挙げられ、アゾベンゼンのアゾ基がオレフィンに変わった化合物です。

スチルベンもアゾベンゼンと同様に紫外光の照射によってcis-trans異性化が起こる化合物ですが、スチルベンの異性化メカニズムは“回転 (Rotatoion)“機構である事が理論的にも実験的にも確かめられています[1]

アゾベンゼンの異性化メカニズム

スチルベンに対して、アゾベンゼンの異性化メカニズムは複雑であり、光異性化の際主に4つの異性化のメカニズムが提唱されています[1]

アゾベンゼンの異性化メカニズム

Rotation機構
アゾ基が単結合性になる事で、回転が起こり光異性化が起こる機構。
Inversion機構
片方のフェニル基が反転し、N=N-C結合角が増加することでcis体へ異性化する機構。
Concerted Inversion機構
C-N=N-Cが180°を経由し、最終的にC-N=N-Cの二面角が近づきcis体になる機構。
Inversion-assisted Rotation機構
フェニル基の反転と回転を伴いながら、cis体になる機構。

アゾベンゼンは回転だけでなく、複数の異性化メカニズムで光異性化が起こっている。
そのため、アゾベンゼンは、外部の環境や刺激(溶媒の極性・粘土、温度、気圧、照射する光の波長)によって異なる異性化メカニズムを示します。それによって異性化反応の量子収率や速度
は外部の環境に大きな影響を受けます。

外部の環境や置換基などが異性化反応に及ぼす影響

アゾベンゼンの異性化反応は溶媒の極性・粘土、温度、気圧、照射する光の波長によって大きく変わる事が知られています。しかしながら、フェニル基上の置換基を工夫する事で異性化メカニズムを制御できる事もわかっています。以下でその研究例について紹介します。

溶媒の種類による異性化反応への影響

アゾベンゼンを様々な溶媒内で光異性化反応を行い、光反応の量子収率を評価した結果をまとめたものが以下の表です[2]-[9]

溶媒の種類と異性化反応の量子収率(trans→cis: 紫外光、cis→trans: 可視光)

trans体の方が熱力学的に安定なため、Φtrans→cisよりもΦcis→transの方が量子収率が高いです。
また、溶媒の種類によって異性化反応の効率は大きく変化するものの、溶媒の極性や粘度に相関があるわけでは無い結果である事がわかります
これは、溶媒の種類だけでも異性化反応のメカニズムが異なる事が要因であると考えられています。

例えば、trans-アゾベンゼンのヘキサン中の光異性化[10, 11]は、Rotation機構である事が時間分解ラマンスペクトルや時間分解蛍光異方性の解析、及び理論計算からわかっていますが、
四塩化炭素やエタノール中での光異性化では、共鳴ラマン強度解析によってConcerted inversion機構である事がわかっています[12-14]
このように溶媒の種類だけで異性化メカニズムが変わり、異性化反応の起こりやすさが大きく変わります。
このような小さな外部環境の変化によってなぜこのように異性化メカニズムが変わるのかが未だわかっていない点で、今後も議論が必要な課題です。

置換基と気圧の異性化反応への影響

次は、置換基と気圧が異性化反応に与える影響について説明します。
下の表は、Push-Pull型のZ-4-(ジメチルアミノ)-4′-ニトロアゾベンゼン(cis体)がE体(trans体)へ熱異性化する反応速度を様々な溶媒・圧力下で測定した結果です[15]

様々な溶媒・気圧下で測定したZ-4-(ジメチルアミノ)-4′-ニトロアゾベンゼンの異性化反応速度

結果より、圧力が高くなるほど熱異性化速度が早くなっており、圧力が熱異性化を加速させている事がわかります。
また、無置換のアゾベンゼンの光異性化では溶媒によって大きな反応性の影響を受けていたが、溶媒の極性などとの相関は見られませんでした。それに対して、Push-Pull型のアゾベンゼンでは溶媒の極性が高くなるにつれて熱異性化速度が大きく上昇しています

これは、Z-4-(ジメチルアミノ)-4′-ニトロアゾベンゼンだけでなく、他のPush-Pull型の置換基を有するアゾベンゼンでも同じ結果を与えます。この原因としては、Push-Pull型の置換基を持つと、上図のような共鳴構造をとる事でアゾ基の単結合性が減少し、Rotation機構でのcis→transの熱異性化が起こりやすくなるからです
そして、極性が高い溶媒ほど上図の共鳴構造を安定化するため、極性の高い溶媒ほど熱異性化速度を上昇したと考えられています。

このように、アゾベンゼンの熱異性化反応は圧力の影響を受けてかつ、Push-Pull型の置換基を導入する事でRotation型の異性化機構にすることができる

他にも上のようなトリエチレングリコール鎖で架橋したようなアゾベンゼンもRotation機構が主な異性化メカニズムである事がわかっています[16, 17]。架橋する事でフェニル基の自由度を制限する事で反転を抑制する事ができる事がわかっています。

温度が異性化反応に及ぼす影響

cis→transの熱異性化反応は温度によって影響を受けます。
この反応は温度が高いほど異性化速度は早くなり、逆に温度が低いほど異性化速度が遅くなると言われています。室温でも進行する反応ですが、およそ-160 °Cまで冷却すると異性化が起こらなくなります[1]。これは、熱振動が異性化反応に関与しているからです。

光照射時でも、温度による影響は大きいです。

室温下で、cis体に可視光を照射し続けるとtrans体の割合は増えるが、trans体の割合が90%くらいで光定常状態に達します。
これは、trans体も可視光領域に禁制の吸収帯を有しているからです。
しかしながら、温度を低温まで下げて可視光を照射すると定量的に光異性化を進行させる事ができます。これは、低温にする事で熱力学的に最も安定なtrans体に異性化するパスが優先される事が要因であると考えられます。

まとめ

無置換のアゾベンゼンは溶媒の種類といった種々の外部的な要因によって主に4つの異性化プロセスをとり、外部の環境によって異性化反応の効率や速度は大きな影響を受けます。それらの論理的な理解は未だよくわかっていません。

しかしながら、置換基を工夫する事で異性化機構を制御することはできることもわかっています。

 

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参考文献

[1] H. M. D. Bandara, S. C. Bürdete, Chem. Soc. Rev., 2012, 41, 1809-1825.
[2] N. Siampiringue, G. Guyot, S. Monti and P. Bortolus, J. Photochem., 1987, 37, 185–188.
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[6] H. Rau, J. Photochem., 1984, 26, 221–225.
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[10] C.-W. Chang, Y.-C. Lu, T.-T. Wang and E. W.-G. Diau, J. Am. Chem. Soc., 2004, 126, 10109–10118.
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[14] N. Biswas and S. Umapathy, Chem. Phys. Lett., 1995, 236, 24–29.
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